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The Fish Story

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  5

9月22日(土)

 …………。
 ああ、ああ……またこの夢だ。
 折角お願いしたのに、神様は叶えてくれなかったようだ。

遥: ……美佐ちゃんのお願いは叶ったのになぁ……
  それとも逃げるなってことか?

 俺は、上から全てを見ていた。
 眼下に広がるのは、燃えている一軒の家。
 そして中にいるのは昔の自分。もうあれから何年たったのだろう。

遥: …………。

 この夢に音は無い。
 家の外には近所の人が大勢いて、何かを叫んでいるようだった。
 きっと、昔の俺が中にいることを知っていたんだろう。
 いつも、同じ夢。
 同じところで夢は終わる。

遥: ……母さん。

 俺の目の前に、母さんがいる。
 とても優しくて、お人よしで……
 その母さんが、木の下敷きになっている。
 床が抜けて、その上を落ちてきた瓦礫が蓋をしている。
 昔の俺からは母さんの顔が少ししか見えない。

遥: 母さん……。

 いつの間にか、昔の自分と同化している。
 助けようと、木をどけるため手を伸ばすが、重く熱く、持ち上げることが出来ない。
 母さんが何かを言っている。叫んでいるが、俺には聞こえなかった。
 …………。
 俺は涙をぬぐって、隣の子の手を引き、外に続く通路を走る。
 ああ……でもそっちは……
 出口の手前で床が抜け、俺とその子はまっさかさまに落ちていく。
 実際には感じないが、とても熱い……熱くてたまらない。
 俺達はどこまでも落ちていく。
 ……キミは、だれだ?

 …………。

 ……。

 


 修学旅行から帰ってきた翌日の朝。
 アイリスは終始ご機嫌だった。

遥: ……そんなに寂しかったのかな……

 すごくうれしくなってしまう。
 しかし、問題でもあるが……

アイリス: はるかさまっ♪どうぞ、お茶です♪
遥: あ、うん。ありがとうアイリス。
アイリス: はぁ〜
遥: あ、アイリス?
アイリス: はいっ!なんなりとっ♪

 …………。

遥: しかし暇だな……

 テレビを見るが、なんかつまらん。
 うーん……どこかいくかなぁ……

遥: アイリス、散歩に行くんだけど、一緒にいくか?
アイリス: それなら喜んで……♪

 

 

 というわけで近くの公園に来た俺達。

遥: 散歩って言っても公園なんだけど……
アイリス: なにかいけないんでしょうか?
遥: いや、普通の所でつまらないかなと思って。
アイリス: えっと……そうなんですか?

 アイリスを連れて公園に入る。
 しばらく歩き回った後、側にあったベンチ腰掛けた。

アイリス: あ、暑いですね……

 アイリスは、かなりへばっている様子だった。

遥: そうか……。
  アイリスはこっちの人間じゃないからな。
アイリス: 暑いです……
遥: あはは……

 ……そういえば、そろそろアイリスが現れてから一週間ぐらいかな?
 成り行きな状況だったのに、結構上手くいってる気がする。
 しかし……。
 テキパキと掃除をする、本で新しい料理の勉強、と、
 今日子の所の信奈さんと同じぐらいのメイドっぷりだ。
 アイリスは、とことん人間なのだ。
 しかし、魚のことを知っていたとしても、それを使って俺に近く理由がわからない。
 悪いことするような子じゃないし……
 いや、実はとんでもない凶悪犯だったり悪女だったり……
 ……ブラックアイリスかぁ……

遥: ちょっといいかも。
アイリス: ?

 彼女が人間なら、これは記憶喪失ってやつかな……?
 それとも二重人格?
 わからないが、俺と知り合いなのは確かだろう。
 2、3才あたりの知り合いなんだろうが……
 ……ここまで推測出来ているんだから、昔の知り合いを片っ端から当たっていけば
 分かりそうなもんだが、俺にはその昔の知り合いや、住んでいた場所なんかの記憶が
 ないのだからどうしようもない。
 火事の時、ガスを大量に吸い込んでしまったのが原因らしい。

遥: う〜ん……。。
アイリス: どうされたんですか?
遥: いや、事故とはいえ何も覚えていない自分が情けない……
アイリス: ?
遥: ……なぁ、アイリス。
アイリス: はい?
遥: アイリスって本当に魚なのか?

 切羽詰まって、単刀直入に聞いてみた。

アイリス: え?
     えっと、魚ですけど……
遥: だよなぁ……。。

 気になる。
 ものすっごく気になる。

遥: はぁ……

 いつかは解明したいな……

アイリス: わー……鳥さんは可愛いですね……
遥: 鳩か……
  でも鳥の餌と言えば魚なんだが……
アイリス: えっ、そ、そうなんですか……
     し、知りませんでした……

 思わず後退りするアイリス。
 ……まぁそうか。
 アイリスは生きてる訳だから、そんなこと知ってるわけないんだ。

遥: あはは、そんなに警戒しなくても鳩はアイリスを食べたりしないよ。
アイリス: ほ、ほんとですか……?

 …………。

遥: あー……アイリスさん。
  あの朱玉の力でパンとか出せるのかな?
アイリス: あ、はいっ。
     遥様がお望みなら……
     えっと、え〜っと……

 ワタワタしながら朱玉を取り出すアイリス。

アイリス: えっと、パンですね。
遥: あ、でも自然にあるものじゃないといけないんだっけ。
アイリス: あ……。
     が、頑張りますっ!!
遥: 頑張ってどうにかなるものなんだろうか……

 アイリスが目を閉じて、願いを込める。
 すると、アイリスのすぐ目の前に何かが降ってきた。
 パンだ。
 大きい食パン、ご丁寧に袋に入っている。

遥: ……でたな。
アイリス: 出ましたねっ♪
遥: 自然のものじゃないといけないはずじゃ……
アイリス: 頑張りましたから♪

 ……ま、いい。
 買いに行く手間が省けたし。
 落ちてきたパンを拾って、細かく千切る。
 そしてアイリスの手に。

アイリス: あ、あの……?
遥: さ、アイリスっ!
  鳩さん達にそのパンをあげるのですっ!

アイリス: えっ?
     あ!はい!

 鳩の前で、パンを持った手を広げるよう教える。
 おそるおそる近づいていくアイリス。
 俺はそれをベンチから見守る。

アイリス: こんなに可愛いのに、魚さんを食べてしまうなんて……
遥: よーし、手を広げていいよ。
アイリス: あ、はい。
     ……おなかいっぱいになれば、魚さんは食べなくなるよね……。。

 アイリスが手を広げて、鳩の前に差し出す。

アイリス: ……食べてくれないですね。。

 さらに近づける。

アイリス: あっ……
アイリス: わっ!つついて……
アイリス: いっぱい、わ、わっ!
アイリス: わゃあひぁーーっ!!?

 全速力で戻ってきた。
 そして頭を抱えてベンチの下に。

アイリス: あわわ……っ!
   食べられてしまいますー!!

 雷に怯える少女のようだ。

遥: くっくっくっ……

 予想以上の反応に思わず笑ってしまう。

遥: そんな所にいると汚れるから出てきなよ。
アイリス: だ、だってぇ……。。

 とりあえずアイリスをベンチに座らせる。

遥: ほら、大丈夫だよアイリス。
  鳩はパンを食べてるだけで、アイリスの手は食べてないよ。
アイリス: あ……
遥: な?
アイリス: は、はい……。。
遥: じゃ、もう一回。
アイリス: わぁっ!?
     や、やっぱり怖いですよー……。。
遥: 今度は俺もついて行くからさ。

 俺は立ち上がり、アイリスを引きずって鳩の側に近寄る。

遥: さぁ、手を伸ばして。
アイリス: ……(こくっ)

 神妙な面もちでパンを持った手を伸ばすアイリス。
 鳩がアイリスの手をつついた。

アイリス: ひぁ……っ。。
アイリス: あ、あははっ、くすぐったいです。

 今度はどうやら大丈夫なようだ。
 仲直りできて良かった良かった。

アイリス: わ〜……♪

 俺とアイリスは、パンが無くなるまでその場を離れなかった。

 

9月22日(日)

 ……しっかしいつ来ても広いよなぁ。。
 キョウの家の敷地前に来ると毎回思う。
 門を抜けてから今日子の家の方に歩く。
 屋敷と言った方が適切かな……

未来: お待ちしておりましたー♪
遥: あ、未来さん。こんにちは。
  もしかして、出迎えに来てくれたんですか?
未来: はい♪
   門にいる学さんから、いらっしゃったと聞いたのでー♪
遥: わざわざ有難うございます。
未来: はー、遥くんってホント可愛いよねぇ〜♪
遥: だからどこがですかっ!
未来: お姉さん、遥くん気に入ってるんだって〜♪
遥: 案内しに来たんでしょう?
未来: あ、そうでしたっ。あは〜♪

 チロリと舌を出す未来さん。
 キョウの影響なんだろう、どんどんキョウに似てきている気がする。

未来: さぁ、行きましょうか。
遥: はいはい……

 歩き始めてすぐにキョウの家が見えてきた。
 やっぱり大きいな。
 でもここにはキョウと、御付の使用人しか住んでいないらしいし……
 俺の家も裕福な方だが、キョウとは比べ物にならない。

未来: こちらでーす♪
遥: 知ってますから。
未来: むぅ……つまんな〜い……

 …………。
 …………。

未来: 今日子さーん♪
   遥くんつれてきたよ〜♪

 ノックしながら呼びかける。
 しばらくすると扉が開いてキョウが顔を出した。

キョウ: いらっしゃい、ハルっ♪
遥: おう。入っても大丈夫?
キョウ: うん、どーぞ♪

 未来さんと一緒に部屋に入る。

キョウ: 未来、ありがとっ。
未来: はい。じゃ、仕事に戻りまーす。
遥: あ、信奈さんに会わなかったんだけど、未来さん知ってる?
キョウ: あれ?
    ハルが来ることは伝えてあるから、
    いつものように迎えに行ってるのかと思ったけど……
未来: わかりました。
   探して呼んできますね。
キョウ: よろしくね。

 未来さんは一礼して部屋を出て行った。

キョウ: さ、座って〜座って♪
遥: おう。
キョウ: アイリスさん、一緒じゃなかったんだね……
    てっきり一緒に来ると思ってたんだけど……
遥: つれてくると怒りそうだったし。
キョウ: ……あ、約束……
    でもあれは子供の頃の約束だし……
    別にいいんだよ、つれてきても。

 そうそう、子供の頃だ、約束したのは。
 俺とキョウが休みの日に必ず二人で遊ぶようになってから、
 一度だけ俺が友達を連れてきたことがあった。
 その時、キョウは泣きながら怒ったんだっけ。

遥: そういえば、キョウが泣いたところを見たのは
  あれが初めてだったなぁ……
キョウ: う……
    まぁ、それは置いておいて……
    アイリスさん来ると思ってたからなぁ……
遥: なんかまずかった?
キョウ: いや、どうせならと思って私も呼んじゃったんだよね。
遥: 友達?
  誰を?
キョウ: エスダブ。
遥: S&Wを……?
  へぇ〜……なんか意外だ。
キョウ: え、なにがよ。
遥: キョウとS&Wって一応友達だったんだな。
  てっきり犬猿の仲かと。
キョウ: え、どこをどう見たらそう見えるの……
    ハルの感覚って本当にわかんないよ……。。
遥: 失礼な。
キョウ: あ〜……私が約束破っちゃったね……
    ごめんねハル。
遥: いいって。

 一通り話し終えて会話が途切れる。

キョウ: ……あのさ、聞いていいかな。
遥: うん?

 真剣な目。
 ああ、そうか。

遥: アイリスのことだろ?
キョウ: あ……うん。
    ……やっぱり、何かあったんだね、ハル。
遥: いつもながら鋭い。

 まあ、付き合い長いからな……
 大体相手の考えてることわかるし。

キョウ: 秘密なら秘密でもいいけど。
遥: ごめん、キョウ。
キョウ: え?何で謝るのよ。
    知られたくない秘密ぐらい、一つや二つあるでしょ。
遥: あ、いや、そうじゃなくて……
  本当はすぐに話そうと思ってたんだ。
  キョウに隠し事するのって、なんかいやだし……
キョウ: え、えっと……
    別に言いにくいことは秘密にしておいてもいいよ?
遥: ?
  何をそんなにあせってるの?
キョウ: えっ!?そんなこと無いよっ。。あはは……
    それで、教えてくれるの?
遥: 信じてくれるなら。
キョウ: それは内容にもよる。
遥: アイリスはな、魚なんだ。
キョウ: うん。
    ……魚って?
    …………ん?
遥: というかなんて説明すればいいんだろうか……
キョウ: ……まさか人魚とか言い出すつもり?
遥: そんな感じ。
キョウ: …………。
    ハルぅ……それ絶対アイリスさんにだまされてるよぉ……

 とりあえず一通り今の状況を説明する。

キョウ: う〜ん……アイリスさんが人魚姫かぁ……
    …………
遥: どう思う?
キョウ: …………。

 キョウはしばらく無言の後、口を開いた。

キョウ: 私も、アイリスさんは魚じゃないと思う。
    どう見ても人間だもん。
遥: うーん。
キョウ: ハルの、昔の知り合いじゃないかな。
    ハル、その頃の記憶とかあいまいなんでしょ?
遥: そうだよなぁ……
  やっぱりキョウも同じ意見か……

 キョウに相談して、新たにわかった点は三つ。
 アイリスは初めて俺の家に来たとき、白衣以外は身に着けていなかった。
 つまり、起きる前までは裸で検査か何かを受けていたんだろう。
 そんな検査をするのは大病院しかないだろう。
 そして、アイリスは俺の家を知っていた。
 俺の知り合いである確率は高い。
 そして裸で検査を受けていた、というところ。
 もしかしたらアイリスは、結構重い病気にかかっていたんではないだろうか……
 普通そんな格好で検査なんてしないだろうし……

キョウ: 手がかりが足りないね……
    今のところ、わからないかな。
遥: ……そうだな。
キョウ: …………。
遥: ありがとな、聞いてくれて。
キョウ: 聞かせてほしいって言ったのはわ・た・し。
遥: そうだった?
キョウ: ふふ……♪
遥: でも、信じないと思ってた。
キョウ: 真面目な顔だったもん。
    ハルは嘘ついてないってわかったからね♪
    ……しかし魚ねぇ……
遥: うん。
キョウ: 私はねー、
    事件に巻き込まれた女の子を助けて
    かくまってるのかなーと思ってた。
遥: ……いい線行ってるな……さすが……
キョウ: ミミズとか食べるの?
遥: え、いや……まだ試してない。
キョウ: 真面目に受け答えしないでよ……

 ノックの音が聞こえる。

キョウ: あ、どうぞー。
信奈: 失礼します。
遥: あ、信奈さん。

 静かに信奈さんが部屋に入ってくる。

信奈: 遥様、おはようございます。
遥: どこにいたんですか?
キョウ: そうそう。
    迎えに行ってると思ったんだけど。

 信奈さんは、今日子に頭を下げて会釈して
 飲み物をテーブルに置く。

信奈: 申し訳ありません今日子さん。
   少し用事があったものですから。
キョウ: そうなんだ。
遥: ……やっぱ信奈さんの方がアイリスより上だな。
信奈: え?
キョウ: それは嬉しいなぁ〜♪
遥: なんでキョウが喜ぶ……
キョウ: 信奈がほめられたら、やっぱり嬉しいって。
信奈: あ、褒めて頂いたんですね。
   有難う御座います。
キョウ: ……ハルはさぁ、信奈とアイリスさんと、
    どっちのほうがきれいだと思う?
遥: なんだいきなり……
キョウ: いや、どっちも美人だなと思って。
遥: う〜ん……信奈さんかな……
信奈: ふふ……有難う御座います♪
キョウ: そっかぁ……
    私はアイリスさんのほうがきれいに見えるなぁ……
遥: ずっとそばにいるからだろ?
  まぁ俺もキョウも、信奈さんとは子供のころから
  ずっと一緒だったからそう見えるんだろう。
キョウ: そうかもね。
    まあ、タイプも違うし。
遥: タイプ?
キョウ: そう、タイプ。
    ……え〜っと……

 キョウは、俺と信奈さんを座らせてから、大きな紙を持ってきた。

キョウ: タイプチェックー♪
遥: は?
キョウ: 可愛い、セクシー、優しい、元気の四タイプで判定するね。
遥: 意味わかんねえ。
信奈: たまにあることですから。
遥: あ、暑さでやられたんだな。
キョウ: ……確かにそうかも。
遥: いや、認めんな認めんな。
キョウ: ここまで来たら引き返せないからそのまま行っちゃおう。
    じゃあ、まずは信奈ねー♪
信奈: はい。
キョウ: えーっと、まずなんだっけ、可愛い?
遥: 自分で行っておきながら忘れてるし……。。
キョウ: う〜ん、信奈って結構可愛いんだよね〜……
    3点だね。
遥: ……基準がわかりません。
キョウ: 5点満点。
遥: いや、そう言う意味じゃなくて……
キョウ: 次はセクシー。
    ん〜……4点かな。
遥: もう勝手にしてくれ……
キョウ: 優しい……うん、4点。
キョウ: 元気……う〜ん、おしとやかーって感じだから1点かな。
遥: ……黙らせた方がいいんじゃ……
信奈: たまにあることですから。
キョウ: 信奈、なにげに酷いよ……
遥: もうやめるのか?
キョウ: うん。意味わかんないし。
遥: 始めたお前が言うな。
信奈: ふふ……♪

 いつものやり取りに信奈さんが笑う。

キョウ: さて、恒例のトランプをやりますか〜♪
遥: そうだな。
  信奈さんは?
信奈: はい。かまいませんよ。
キョウ: じゃあ負けたら――
遥: 一人で脱げよ。

 神経衰弱、ポーカー等など一通り遊ぶ。

信奈: ?
   失礼しますね。

 信奈さんは一礼すると、携帯電話を手に部屋を一旦出た。

キョウ: あ、エスダブが来たのかな。
信奈: 未来さんが迎えに行くそうです。
キョウ: ちょっと遅かったね。
遥: ……迷ってたんだろ、たぶん。
キョウ: え、なんで迷うのよ……
    この辺り、うちの敷地しかないじゃん。
遥: ……いや、始めてだったら絶対わからん。
信奈: そうですね……
キョウ: え〜そうかな〜?
    大きいからすぐわかるよー……
遥: いや、あまりにも大きすぎてわからんて。
信奈: では、私も行ってまいります。
キョウ: 未来だけでいいんじゃないの?
信奈: いえ、行ってまいります。
キョウ: そお?
    じゃあよろしくー♪
信奈: はい。
   では、失礼します。
遥: うん。

 静かに立ち上がり、一礼して出ていった。

遥: いつもながら信奈さんはすごいな。
キョウ: そう?
遥: いつも大人というか落ち着いてるというか……
  俺、子供の頃から知ってるけど信奈さんが慌てている所見たこと無いもん。
キョウ: ふ〜ん。
    ハルって信奈みたいなタイプが好みだったっけ?
遥: そう言う問題じゃない、感心してるんだよ。
  キョウは見たことあるか?
  信奈さんが慌てている所とか。
キョウ: そうねぇ……見たことはあるけど数えるぐらいしかないかな。
遥: 見たことあるんだ……
キョウ: うん。ドッキリ誕生日会やった時とか。
遥: ど、どんな感じだったんだ?
キョウ: う〜ん……あんまり良く覚えてない。
    小さいころだったから……
    信奈がびっくりしすぎて泣いちゃったのは覚えてるけど……
遥: へぇ〜……あの人が泣くんだ……
キョウ: いや、そりゃあ人間なんだからなくでしょ。
遥: 見たことないし。

 ……どんな顔するんだろ。

キョウ: 泣くとすごいよ信奈はー♪
    全然泣きやまないもん。
遥: み、みてぇ〜……
キョウ: あ、来た。

 ノックの後に未来さんが入ってくる。

未来: あ、失礼します……
   佐藤様をお連れ致しました。
キョウ: うん。ありがと未来♪
    エスダブやっほー♪
S&W: おう。今日子に遥。
遥: 迷ったか?
S&W: 迷った。
    というかわからないってこれは……
遥: だよなぁ……
キョウ: あれ?
    信奈は?
未来: あ、信奈さんならここに……
キョウ: あ、いた。
信奈: …………。。
キョウ: 未来、ありがとっ♪
未来: あ、はい。
   では失礼します……
信奈: あ、わ、私も仕事に戻りますのであの……。。
キョウ: え?ちょっと待って信奈。
    信奈はここで私たちとお話しするのが仕事♪
信奈: で、でも〜……
キョウ: 大丈夫。信奈のお仕事は未来がやってくれるから。ね?
未来: あ、はい。私がやっておきますので。
キョウ: お願いね、未来♪
未来: はいっ♪
   では失礼しまーす♪
S&W: しかし広いな……びっくりした。
キョウ: もう、あんまりきょろきょろしないでよー。
    乙女の部屋なんだからねっ!

S&W: おっと、悪い。ついな。
    こんなに広い屋敷は見たこと無いな。
    いや、ビックリした……
キョウ: まあ、確かに広いけどねー。
遥: S&Wは、お前がお嬢様だったって事に驚いてるんだろ。
S&W: うむ。部屋の大きさは二の次だ。
遥: やっぱりなー。
  キョウのイメージとお嬢様のイメージとがかけ離れてるしなー。
キョウ: ……悔しいけど反論できない。
信奈: そ、そんなことありませんよ今日子さん。
   今日子さんはとても上品で、お優しい方です。
キョウ: 信奈ぁー♪
信奈: きゃっ……

 いきなりキョウが抱きついて、さすがの信奈さんも声をあげた。

キョウ: ん〜♪ありがと信奈〜♪
遥: ……咲姫乃先輩だ。
S&W: ……彩乃だ。
キョウ: あれと一緒にしないでー!!
信奈: あ、あの、今日子さん……
キョウ: あ、ごめんごめん♪
信奈: …………。。
遥: あれ……?

 なんだか信奈さんがそわそわしてる……というか落ち着きをなくしているというか……

遥: …………。
S&W: なんだ、トランプで遊んでたのか?
キョウ: うん。
    あはは、大体トランプだね、遊び道具は♪
S&W: 修学旅行でやったトランプで、異様に強いと思ったら……
キョウ: まいったかー♪
信奈: …………。
   あ、は、遥様、なんですか?
遥: あ、なんでもないよ。

 やっぱり落ち着きが無い。おかしい。

キョウ: ん?どうかしたのハル。
遥: いや……。
信奈: …………。。
キョウ: あれ?信奈?
信奈: あ、はい。
キョウ: どうしたの?なんかそわそわしてるけど。
信奈: えっ!?い、いえ、そんなこと無いですよ?
キョウ: ……?
S&W: あ、そうだ。
    えっと、信奈さんでしたっけ?
信奈: あ、は、はいっ!!
   なんでしょうかっ!

S&W: 自己紹介がまだだったなと思って。
    佐藤 正人です。よろしくお願いします。
信奈: あわわっ……そんなご丁寧に……
   ええ〜っと、桜乃 信奈と申します!
   宜しくお願い致しますっ!

遥&キョウ: ???
キョウ: (変だ)
遥: (変だな)

 あんなにあせってる信奈さんを見るのは初めてだ。
 ……なんかアイリスみたい。。

遥: …………。
キョウ: …………。
信奈: え?あ……あの、お二人ともどうされましたか……?
遥: 信奈さん、どこか具合悪いの?
信奈: え?
   いえ、どこも悪くは無いですが……
遥: なんかさっきから落ち着きが無いし……
  顔もちょっと赤いよ?
S&W: 本当だ。少し赤いかもな。
    大丈夫ですか?
信奈: わっ!だ、大丈夫です!!
   いたって健康ですからっ!!

遥: …………。
S&W: しかし、今日子って綺麗好きなんだなー。
キョウ: え、この部屋のこと?
    この部屋は信奈や未来が整理してくれてるからね。
S&W: お前の力じゃないのか。
キョウ: だって〜、私がやろうとする前に信奈が片付けちゃうんだもん。
遥: キョウはこう見えて綺麗好きなんだぞー。
キョウ: こう見えて、は余計っ!
S&W: はははっ!
キョウ: 何で笑うのよバカーっ!
信奈: …………。。
遥: …………。。
キョウ: …………。。
S&W: ん?
    あ、悪い今日子。ちょっと笑いすぎた。
キョウ: あ、ううん。いいよ。
    …………。
信奈: ……あ。
   あの、お二人とも??

 その後も、信奈さんの様子は、おかしいままだった。

 


信奈: はぁ……
キョウ: ……あちゃー……
    これはエスダブにやられたわね……
遥: え、S&Wが信奈さんに何かしたのか?

 S&Wが帰った後、上の空になってしまった信奈さんを見て、キョウがため息をつく。

キョウ: いや、ハルはわからなくていい。
遥: うわ、酷い。
キョウ: ほら、もう遅いし、ハルも帰りなよ。
遥: ……そうだな。
キョウ: 来週は、ハルの家でいい?
遥: ああ、いいぞ。
キョウ: じゃ、楽しみにしてるからさ。

 そう言うと、キョウは部屋の奥にある寝室の扉をあけた。

キョウ: 正人の馬鹿……
遥: え?なに?
キョウ: あ、ううん……
    また明日ね、ハル。
遥: あ、うん……

 キョウの顔が見えなくなる。

遥: ……帰るか。
  信奈さん。俺、帰ります。
信奈: ……え?
   あっ!ごめんなさい遥様!
   お送りいたします。
遥: …………。

 玄関まで送ってもらう間も、信奈さんのため息は途切れなかった。

 

 


遥: ただいまー。
アイリス: お帰りなさいませ、遥様♪

 家に帰ると、玄関でアイリスが待っていた。
 アイリスをつれて、リビングへ戻る。

遥: もしかして、ずっと玄関で待ってたの?
アイリス: いえ、もうそろそろ帰って来るかなと思いまして……
遥: ごめん、寂しかった?
アイリス: すごく寂しかったです〜っ!!
遥: あはは……
アイリス: あ、お食事の用意が出来てます。
     今日はオムレツですよ♪
遥: よし、夕食にしようか。
アイリス: はい♪

 一緒に夕食の準備をして、テーブルに着く。

遥: じゃあ、いただきまーす♪
アイリス: いただきます。
遥: あ〜、美味い!
アイリス: 喜んでもらえてよかったです……♪
遥: アイリスは洋食でも和食でも何でも出来るな。
アイリス: あはは、和食洋食といっても、そこまで違いは無いですよ〜。
遥: おお、さすがアイリスさん。頼もしい。
アイリス: あ、あはは……照れてしまいます……。。
遥: これで魚料理が出来ればパーフェクトなんだが……
アイリス: あぅっ……それだけはー……
遥: あはは……

 こんなアイリスを、可愛いと思う。
 なんか理想のお嫁さんみたいな……
 ……お嫁さん、かぁ……

アイリス: あ、お風呂も沸いておりますので♪
遥: お、完璧だなアイリス。
アイリス: ♪

 アイリスは、俺の物だ。

遥: よし、今日こそは一緒に入ろうかっ♪
アイリス: ええぇっ!!!?
     あわわわ……っ。。
遥: ほんと、面白いなぁ〜アイリスは。
アイリス: は、恥ずかしくない恥ずかしくない……
遥: あ〜、また冗談だから脱がなくていいよ。
アイリス: へ……?

 彼女は、以前と同じように固まった。


>続く

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